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三橋院長インタビュー
西洋医学から東洋医学へ
外科医師として20年以上にわたり、東京女子医大に勤務して来た三橋院長は、西洋医学を中心とした治療の限界を強く意識し、東洋医学を勉強することで乗り越えようとして来ました。「西洋医学は検査の進歩は著しいが、治療は漢方のほうが優れている」と考えています。もちろん、外傷などの手術に漢方が取って代わることはないので、双方の効果と限界を知っていることが大事であることは百も承知です。しかし、がんの「標準治療」と言われる大量の抗がん剤治療には、「患者と家族を苦しめる、西洋医学の短所が現れた悪い治療法」と手厳しい判断をしています。抗がん剤を使うのであれば、効果があり、かつ副作用の少ない量まで抗がん剤を減らす少量抗がん剤療法を推奨し、豊かな日常生活を送られる治療を目指しています。健康の基本は食事からと考え、自ら畑を耕して無農薬野菜を作っている三橋院長。クリニック主催のコンサートを年2回開催するなど、医療・農業・音楽と、多彩な生きる喜びを目指しています。
アメリカへ留学されていたようですが、どんな研究をされていたのですか。
ニューヨークへ2000年4月から2003年6月まで行っていました。皆さんもご記憶されている9.11同時多発テロ事件は、留学2年目の2001年のことです。僕もちょうどその日、マンハッタンの研究室にいたのです。電話は通じなくなり、電車は止まり、何が起きているのか、全くわからなくなりました。日本にいた家族・友人には大変な心配をかけてしまいました。その後、何日間も、グランドセントラルステーションには、行方不明の方の顔写真が張られていました。本当に驚きました。研究のほうは、日本でも、がん免疫の研究を少ししていたのですが、一度、臨床から離れて、もう少し専門的に勉強をしてみたかったのです。しかし、ほとんど手術ばかりしていた人間が、いきなり実験医学の世界へ飛び込んでも、なかなか厳しいものがありました。
でも、知らない世界を経験できたことは、私自身の世界を大きく広げました。「ひとりの留学ではなく、家族みんなの留学」ということを読んだことがありますが、バイオリンを習っていた娘が、ジュリアード音楽院のプレカレッジの選抜試験に合格し、2年間学ぶことができたことも貴重な経験でした。私がいたのはコーネル大学だったのですが、隣にはロックフェラー大学があり、留学していた時は知らなかったのですが、そこに野口英世が留学していて、いまでも胸像と記念写真が残っているのです。知っていたら訪ねたのですが・・・。その向かいには、がんの研究で有名な
スローンケタリングがんセンターがあります。そんな場所に身を置いたということだけでも、すばらしい経験をさせてもらったと思っています。それが、どうして漢方の世界へ
僕は、23年の勤務医時代のうち約10年間は出張で、大学の関連病院のあった大分、香川、群馬、埼玉と勤めました。近年、大学病院や地域の基幹病院に紹介されてくる患者さんは、救急を除けば、ガンの方が非常に多いですね。外科医になった頃は、救急外科か小児外科をやりたかったのですが、ある時、がんの患者さんを受け持つことになったのです。手術後に再発した末期の胃がんの方でした。昔は薬もあまりなかったので、安静に寝ているしかない。若い患者さんで、ベッドサイドにお子さんが描いた「お父さん頑張って」という絵が貼ってあったり、診察に行くのもつらかったです。進行がんでは、手術できないほど広がってしまった方、せっかく手術しても、すぐに再発しまう方、離れた場所に転移してしまう方など、いろいろな患者さんを受け持ちました。外国では、外科医は専門である手術を受け持てばいいのであって、手術の適応のないがんの方を受け持つことはありません。その点、日本の外科医は手術もして、進行がんの方も受け持っていて大変ですね。こうしていろんな患者さんたちと接するうちに、救急外科か小児外科を学びたいという気持ちが、なんとかがんを治したいという気持ちに変わっていきました。
ニューヨークから帰って来て、4年間は外科に勤務していましたが、研究でお世話になった先生も他の病院へ移られ、研究室も閉鎖になったため、大学を辞退し2006年に開業することにしました。クリニック名は僕の名前の「牧」と、1階で整形外科を担当している東儀洋先生の「洋」から取りました。東儀先生も僕と同じ弘前大学医学部から東京女子医大で勤務されてきた方で、一緒にやって行こうということで、このように名付けたのです。私が診ている内科では、9割が女性で、年齢層は10代から高齢の方まで幅広いですね。
外科を学んでいたころから、漢方を勉強したかったのですが、忙しくてとても漢方まで学ぶ余裕はありませんでした。外科を離れて開業してから、やっと本格的に漢方薬を勉強できるようになりました。その点では、ようやくスタートラインに立てたわけです。
どんな病気に漢方を使われるのですか?
病気は選びません。でも、今まで漢方で治療したことがない病気の方が来ると、新たに勉強しなくてはならないので、とても時間がかかるというのが悩みです。内科の領域だけではなく、外科手術後のトラブル、婦人科、小児科、皮膚科、眼科、耳鼻咽喉科など、広範囲です。整形外科は東儀先生の専門なので、僕は安心です。いろいろな所で診てもらったけれど、良くならないのでここに来ましたという方が良くなった時は、漢方を学んで来て良かったと思う瞬間です。
僕たちが漢方を使う理由のひとつは、西洋薬の副作用がもたらす害が非常に大きいからです。サリドマイドやスモン、薬害エイズ、子宮頸がんワクチン、イレッサなど痛ましい例が報告されて来ました。もちろん、漢方薬にも重大な副作用があることは承知しています。当院でも経験した間質性肺炎という病気は怖い副作用です。そのため、オウゴンという生薬を含んだ漢方薬を飲んでいただいている患者さんには、定期的に血液検査をお願いしています。
僕が長らく携わっていたがんの治療は、副作用のオンパレードでした。いかにして抗がん剤を「大量投与」できるようにするかが、重要な関心事であった時期がありました。さすがに今では、できるだけ副作用を回避する方法をとるようにしていますが、「抗がん剤」という名の「細胞毒」の薬剤を身体に入れるのですから、患者さんにとっては大変なことなのです。それで漢方で何とかならないかと考えたわけです。
がんの漢方治療という場合、抗がん剤の副作用を少なくするために漢方を併用する使い方が主流です。でも私の願いは、いかにして漢方をがんの治療のメインストリートに押し上げるかにあります。今の結論から言えば、日本で使われているエキス剤と言われるところの漢方薬では、とても主流にはなりません。保険では承認されていないような冬虫夏草(とうちゅうかそう)や半枝蓮(はんしれん)、白花蛇舌草(びゃっかじゃぜつそう)などが自由に使えなければなりません。それは自費の煎じ薬になってしまいます。そこで考えたのが、少量抗がん剤治療と漢方薬の併用です。最近は、糖尿病薬や高脂血症の薬、ビタミンB製剤、EPA/DHA製剤、肝臓の薬など、臨床で使われて来た薬の中に、抗がん作用のある薬が見つかっています。しかし、漢方薬をこのような使い方しかできないことは、非常に不満で、せっかくの漢方薬を生かしきれていないジレンマがあります。いつか日本にも、厚生労働省の中に「伝統薬推進局」ができて、漢方が患者さんのために、大きな前進を遂げる日が来ることが私の夢です。
2016年、中国では10年間の検討を経て「中国医薬法」が制定されました。これにより、すべての総合病院に「中医学科(日本で言うところの漢方科)」を設置することになりました。うらやましい限りです。
日常生活が送れる、がんの治療
初診の時にもう、がんが骨に転移している患者さんがいました。すぐ大学病院に紹介し、そこで通常の抗がん剤治療、すなわち「標準治療」を受けたのですが、がんが小さくならないだけでなく、白血球が少なくなる、脱毛する、食欲がなくなるなどの副作用に苦しみ、改めて当院へ相談されました。それで、当院で治療を引き継ぐことにして、少量の抗がん剤と漢方、ホルモン療法などをリレーのバトンのように続け、9年以上、元気に過ごされました。一般的にがんが骨に転移して歩けない段階まで来た方が、普通に仕事ができる状態まで回復することはなかなかないものなのですが、少量の抗がん剤と漢方薬、西洋医学と東洋医学の併用で、そういうことができてしまうことがあるのです。抗がん剤は副作用の強い薬が多いことが知られています。病気のせいで弱るのではく、「治療のための薬」で生活が送れなくなってしまうという治療は間違っていると思います。やはり、亡くなるまでの間、楽しく生きていけるということが、ご本人にとっても、家族にとっても大切なのです。
ご出身は青森県とお聞きしました。
青森県は、日本一の短命県です。昔から脳卒中の多い土地柄で、冬になると野菜が少なくなってしまうので、漬物とご飯が中心という食事を続けて来ました。さらに近年は、がんや糖尿病も多発するようになったのです。2017年、週刊新潮に『「青森県」はなぜ早死にするのか』という刺激的な記事が載りました。青森県は、インスタントラーメンと缶コーヒー消費量全国1位になったこともあり、だいたい上位とのことです。記事は、「病に倒れる生き方の見本」で始まり、「リスクを負って、われわれが避けるべき見本を提供してくれる青森県民に、まずは感謝!」などという挑発的な言葉で締めくくられていました。青森県民を笑えるほど、雑誌社が立派な清い生活をしているのかと言えば、そんなわけではないのだから、いいかげんにしたらいい。インスタントラーメンも缶コーヒーも、東京のメーカーでしょう。それほど体に悪いものなら売らなければいい。東京のメーカーのものを青森県民が食べて健康を害しているのを、今度は東京の雑誌社がからかっている。それに対して、青森県知事が抗議したという話も聞かない。正直なところ、僕は脱力感でいっぱいだ。
それは、さておいて、日本で「医食同源」、中国で「薬食同源」と言われているように、食べるものをいいかげんにして、健康は保たれるものではありません。これからは、無農薬で作った「奇跡のりんご」の木村秋則さんのように、いろいろな作物が無農薬で栽培されていくことが、重要になります。
漢方は、多くの女性に支持されていると思うのですが。
漢方は、少女期から成年、更年期、老年期まで、身体的症状だけでなく、精神症状にも広く対応しています。性差医学という分野がありますが、女性に関する治療に携わるなら、ぜひ、漢方を習得して患者さんを助けてあげるべきです。更年期には、うつや焦燥感、ホットフラッシュなど、さまざまな症状がありますが、西洋医学では、時に精神科や心療内科に回されてしまうことがあります。事実、心療内科に長年通院していて、良くならないので当院を受診したという患者さんをたくさん見ました。例えば足は冷たいが、頭はのぼせて、よく眠れないという訴えがあります。普通、寝ると体温は下がるのですが、おそらく脳の温度が下がらないのでしょう。それで漢方では、脳を冷やすために下半身を温めるということをします。上の熱を下に下げるという考え方ですが、これは西洋医学にはない考え方です。冷え症ならば、西洋医学的にはビタミンEしかないけれど、漢方の処方では対話しながらいろいろな症状を聞きとっていきます。話を伺うのに時間はかかりますが、症状が良くなれば訴えが少なくなって短くなります。また、漢方薬だけでは不十分な場合は、鍼治療も行うことが可能です。更年期障害による頭重、頭痛や体の痛みなどには効果があります。西洋医学には肩こりにも良い薬がなくて、筋弛緩剤くらいになりますが、そうすると全身がだるくなってしまうんですね。
畑にも通われているとか。
健康のためには食べ物が大切ですが、心身をリフレッシュするという意味でも重要です。僕自身、畑をやって無農薬・無化学肥料の野菜を作っています。月に何度か行きたいのですが、一度くらいしか行けませんね。アレルギーやアトピーをはじめとして、病気の原因が食事に関係があるものは、非常に多いのです。牛乳とヨーグルトをやめましょう、なんて言うと、「えっ、それは健康にいいのではないですか?」なんて、びっくりされちゃいますけどね。パンは「イーストフード」ではなく、「イースト(パン酵母)」にしましょう、と言うと、何のことですか?という顔をされます。加工肉(ベーコン・ウインナー・ハム・ソーセージ)はできるだけ食べないでと、言うと、「先生、何も食べるものがないじゃないですか」と反論されてしまいます。でも、家畜に与えている飼料とホルモン剤、抗生剤、最近は「ラクトパミン」という「赤身増進剤」などというものは、本当に安全で、病気と関係ないものなのでしょうか。食べ物は、私たちの身体を作る大事なものです。それらを食べることで健康になると、誰か言えますか。
健康コンサートでは、歌も歌われますね。
歌を歌うことが好きで、クリニックでも健康コンサートというのをやっています。初夏と冬の、年に2回でもう35回を数えました。もちろん僕も、整形外科の東儀先生も出演します。歌うのは演歌などの日本歌謡曲と、父が作ったオリジナルの歌です。父は小学校教師だったので、子ども向けに作った歌をはじめとして、3000曲も作曲しました。それをアレンジして演奏してもらっています。一流の演奏家にお願いするのもいいのでしょうが、やっぱり自分たちが練習して発表するのが大事ですね。たくさんの人に会い、大きな声を出し、笑い、人と人とのつながりをもう一回作るという意味もあります。そのほかに、健康講話とミニコンサート、患者さんグループの歌の会やパステル画教室もあります。
クリニックの展望を教えてください。
もっとがんの治療や、在宅の患者さんの治療もしたいのですが、なかなか時間がありません。最近は、大金をはたくような免疫治療が出て来ていますが、私は、丸山ワクチンが好きです。少量抗がん剤・漢方・丸山ワクチンなどを併用して、どこまで、がんの治療を進めることができるのか。また、農業を変えて無農薬野菜を広めて病気をできるだけ減らしたいと思っています。現代医療と同様、現代農業もまた病んでおり、健康野菜とは大きくかけ離れてしまっています。同時に、病気は社会から引き起こされてくることも多くあるので、社会の大本(おおもと)のところも治していかないといけないと考えています。例えば、子どもが病気になったり荒れたりしているとき、両親が朝早くから夜遅くまで働いているために、食事がおざなりになっているとしたら、そこを見ないで病気だけ見ても解決しません。そういう僕たちの考え方を知ってほしいと思って、クリニックニュースを毎月発行しています。ひとりでも多くの人に愛読していただきたいと思います。
今日は、どうもありがとうございました。
副院長インタビュー
東儀秀樹さんとご関係があるのですか?
私の姓の「東儀」は奈良時代から雅楽に携わる家系で、東儀秀樹さんとは親戚ではありませんが、伯父の東儀祐二(ゆうじ)は戦前の宮内省楽部を卒業し、楽師として宮中で雅楽(篳篥=ひちりき)を演奏しておりました。戦後はバイオリン奏者に転身しバイオリン教育の第一人者となり、教え子には五嶋みどりさんや葉加瀬太郎さんなど多数の東儀一門のお弟子さんがいます。また、東儀の源流は秦氏で、秦河勝(はたのかわかつ)は、京都太秦(うずまさ)を中心に支配し、聖徳太子から授かった仏像をまつるために603年広隆寺を建立しました。秦氏の先祖は『日本書紀』に記載される渡来人の夕月君(ゆづきのきみ)で、百済貴族または秦(しん)の始皇帝の後裔(こうえい)とされています。始皇帝は万里の長城や兵馬俑(へいばよう)を多くの奴隷を使って作らせたのですから、あまりいい先祖とは言えませんが・・・。ただ正確には、私の祖父は赤松家から東儀の養子になったので、戦国時代、黒田官兵衛に滅ぼされた播磨(はりま)の豪族の血筋なのかもしれません。
私の父(三男)はサラリーマンでしたが、祐二さん(次男)の影響もあってか、音楽的素養もありました。「見て覚えた」と言ってクラシックのピアノ曲を器用に弾いているのを、幼心に感心して聴いてきました。私が医者を目指そうと思い立つ前は、音楽関係の仕事に就きたいと考えて高校を中退して「自分探しの旅」に出たこともあります。今、クリニック主催の年2回の健康コンサートで歌を歌ったり、沖縄舞踊エイサーを踊ったりしているのも、こういった生い立ちと関係があるのかもしれません。
医学博士号は骨粗鬆症の研究ですね。
骨というとカルシウムをすぐイメージすると思いますが、骨の組成はカルシウムやリン酸、マグネシウムといった無機成分が70%、コラーゲンなど有機成分が20%、水分が10%です。全体の中でカルシウムの占める割合は、実は20%程度しかありません。もしカルシウムだけで骨ができていたら、チョークのようにポキッと折れやすいと思います。骨粗鬆症の診断には骨密度を調べますが、チョークは骨密度が最高にいいことになります。単純に骨密度=骨の強さではないのです。では“骨が強い”とはどういうことなのでしょう。地震大国日本の建築は、古来から木造建築です。世界遺産で有名な法隆寺は、世界最古の木造建築群で607年創建です。自然の恵みである木材には有機成分が大量に含まれています。古代人の建築技術もさることながら、木材の材質による建物全体のしなやかさが、地震にも耐えられる強度を与えていることは間違いないでしょう。現代は、鉄筋コンクリート造り(無機質の塊)なので、耐震装置などでしなやかさを人工的に作り出して倒壊を防いでいます。骨の強度にも骨のしなやかさが大きく関係しています。骨の強さ=骨密度70%+骨質30%と言われるのは、このことを意味します。骨質に関係しているのが、有機質であるコラーゲンと骨代謝です。コラーゲンは皮膚や腱や軟骨に多く含まれるたんぱく質の一種で、美容に欠かせないといったイメージでしょうか?コラーゲンは、弾力性のある部分に多く含まれますが、骨にも20%程度含まれ、コラーゲンの質は骨質つまり骨強度に大きく関係します。
糖質過剰に注意が必要
コラーゲンの質を低下させる原因の一つに糖質過剰があります。血中のブドウ糖が過剰になるとたんぱく質に糖が結びつきAGE(終末糖化産物)を生じます。AGEは強い毒性をもち、老化を進める原因物質として近年注目されています。骨のコラーゲンに蓄積すると骨強度が低下し、血管に蓄積すると心筋梗塞や脳梗塞、目に蓄積すると白内障の原因となります。清涼飲料水や菓子類に使われる人工甘味料は、ブドウ糖の10倍の速さでAGEを作るので特に注意が必要です。ちなみに、糖尿病の診断基準に用いられるヘモグロビンA1cは、赤血球のたんぱく質であるヘモグロビンが糖化したもので、AGEに変化する一歩手前の中間糖化物質です。糖尿病では骨密度が比較的良くても骨折しやすい骨なのです。
骨は生きている
もう一つ骨質に関係する問題は、骨代謝です。アレルギーやリウマチなどの病気でステロイドという薬を飲んでいる患者さんは、副作用として骨粗鬆症になることが知られています。私は大学院で“ステロイド性骨粗鬆症”と加齢による“退行性骨粗鬆症”の脊椎の骨の状態を比較する研究をしていました。レントゲンでみると、退行性骨粗鬆症では、縦の骨梁が目立つために、“コーデュロイ”という縦じまのようなスジ(日本で言うところのコール天と同じ)が椎体にできて、やがて過度の荷重が集中しやすい胸腰椎移行部(第12胸椎と第1腰椎)に楔状型(楔のように変形を起こす)の圧迫骨折を生じます。一方、ステロイド性骨粗鬆症では、椎体の内部が均一に薄くなって“ゴーストライク(幽霊のような)”という中が空洞のような状態の骨になり、凹レンズのような魚椎変形が全脊椎に広がっていくことが分かりました。
骨は生きているので新陳代謝を24時間休まず行っています。破骨細胞が傷ついた古い骨を破壊・吸収して、骨芽細胞がそれを修復・形成します。骨形成と骨吸収のバランスが取れた状態が“動的平衡状態”である健康な骨で、骨吸収が優位な状態が骨粗鬆症です。通常の退行性骨粗鬆症では、骨細胞がセンサーとして荷重情報を発信し、その情報を受けて骨芽細胞が働くため、縦の骨梁が最後まで吸収されずに残っているのに対して、ステロイドは骨芽細胞の働きを抑えてしまうため、骨細胞からの荷重情報を活用することができずに、縦横の骨梁が均一に吸収されて骨が減っていくのです。骨に荷重をかけること、つまり運動することは大変重要です。無重力の宇宙に滞在する宇宙飛行士は、急激な骨量減少を防ぐために、骨吸収抑制剤をいう骨粗鬆症治療薬をあらかじめ内服して、骨が溶けないようにして宇宙に出かけるのです。
カルシウムとリンのバランスを崩す牛乳
閉経後に女性の骨量が減るのは、破骨細胞の活性化を抑える女性ホルモンが低下するからです。高齢になって骨が減っていくのはある意味仕方ないのですが、20代のピーク骨量を最大限に高めておくことは大変重要です。そのために栄養と運動、この二つが重要であることは論を待ちません。牛乳や乳製品でカルシウムやたんぱく質をとることは、栄養学的な観点だけを考えると、成長期には必要であるとの研究結果がほとんどです。つまり、アレルギーや乳糖不耐症(日本人の8割ともいわれる)、大量生産のためにホルモン剤や抗生物質で薬漬けにされている乳牛から、機械的に搾乳される牛乳を飲むことで起こる病気のリスクを完全に無視すればということです。私自身は、牛乳をのむと鼻炎と下痢という症状を長く経験して、大人になってから牛乳をやめて味噌汁を飲むことで胃腸虚弱とアレルギーをかなり克服することができました。
高齢者が乳製品からカルシウムを大量にとることは、成長期とはまた別の問題があります。当たり前ですが牛乳は牛の赤ちゃんが飲むものです。牛乳にはIGF-1(インスリン様成長因子)とエストロゲン(女性ホルモン)が多く含まれます。これらは、乳製品を好む若い女性の乳がんが急増している原因の一つですが、当然、高齢者においてもリスクを高めてしまいます。骨粗鬆症において乳製品はどうなんでしょうか?一部の人にはいいかもしれません。というのも腎機能が正常であるかどうかが鍵です。牛乳はヒトの母乳に比べてもリン(P)の濃度が高いのが特徴です。血液中のPで不必要な分は腎で排泄されますが、高齢者は腎機能がほとんどの場合低下しています。健診などで見かけるクレアチニン(Cr)とあるのが、腎機能の目安になります。クレアチニンは筋肉で作られる老廃物なので、低いほどいいのですが、体重・年齢・性別で補正した、クレアチニンクリアランス(CCr)が正しい腎機能を反映します。Ccrの正常を100とすると高齢者は60を下回る場合が多くなります。小柄な高齢女性ならCrが0.7を超えると腎機能低下があると考えていいと思います。
ビタミンDの重要な働き
腎機能低下の原因は、加齢に伴うもの以外に、高齢者がよく使われる痛み止めであるNSAID(非ステロイド性消炎鎮痛剤)などがあります。NSAIDは腎血流量を低下させる副作用があります。Pは食物からの吸収率がカルシウム(Ca)よりもいいため、腎臓からのP排泄の低下によってPが上昇します。すると副甲状腺ホルモン分泌が刺激され、Pを下げようと働くと同時に、Pとのバランスをとるために骨を溶かしてCaを供給しようとします。血液中に増えたCa×Pはカルシウムリン酸塩を形成して、血管壁の石灰化をおこして動脈硬化の原因になったり、関節にたまった石灰沈着が炎症を起こすと偽痛風(ぎつうふう)になります。高齢者の骨粗鬆症の方がおこす突発性の関節炎のほとんどが偽痛風発作です。スナック菓子、炭酸飲料、インスタント食品などあらゆる加工食品に保存料・発色剤・光沢剤・炭酸保持剤としてリン酸塩が添加されていますので、特に注意が必要です。
「だったら何からCaをとったらいいんだ!」とおしかりを受けそうです。Caを効率よく体内に吸収するには、ビタミンDが必要です。ビタミンDは魚・舞茸・卵などの食品以外に、直射日光によって皮膚で合成されます。さらにビタミンDは、筋肉に働いて筋力を強化して転倒を防いだり、大腸がんを減らすという調査結果もあります。冬に高齢者の骨折が多い原因の一つに、日照時間が短いことがあるのではないかと思います。ビタミンDが豊富であれば、乳製品でなくても、小魚・干しエビ・小松菜・チンゲン菜・大豆製品などからでもカルシウムの補給は間に合うのではないかと思うのです。また、骨のしなやかさを保つには、骨型コラーゲンの活性化に重要なビタミンKが必要で、納豆を筆頭に、ホウレンソウ・小松菜・ニラ・ブロッコリー・サニーレタス・キャベツなどが豊富です。実は、納豆消費量のすくない関西圏で、大腿骨頸部骨折が多いという疫学データもありますし、ビタミンK2製剤は骨粗鬆症治療薬として用いられています。
骨は建物と違って、単に体を支える構造物ではなく、体全体の中で“生きている臓器”なのですから、「カルシウムが必要だから牛乳とヨーグルト」と単純に飛びつくのではなく、体全体の健康を考えながら、心と体が喜ぶような生き生きとした生活と栄養のバランスを考えていきたいものです。